2024年2月

 一月一日朝、東京教区退職司祭マリア山野繁子師が、八一年のこの世でのご
生涯を終えて神様のみ許に召されました。言葉にならないどうしようもない淋しさと、同時代を同伴してくださったことへの深い感謝の念で心が一杯になり、日を追うごとにその存在の大きさを感じています。お会いしたことのない方にとっても、昨年の教区聖歌四八七番「重荷背負う人に」の作詞で馴染みがあることでしょう。
 山野繁子司祭とわたしは三五年程前からのお交わりです。すでに日本聖公会のみならずアジアのキリスト教界で活躍されていた山野先生にお会いでき、誠実な、そして知的で静かなそのご様子に感激したものでした。まだ女性の司祭志願が叶わなかった時代、わたしは「生涯待てる」と思い志願を決意し、二〇歳ほど年上の山野先生は「今、志願しないと」と思われ、不思議なことにそれぞれ同じ時期に聖職志願をすることとなります。その後痛みと悲しみ、また祈り支えられている喜びをともにし、執事按手をともに受け、法憲法規の司祭志願の要件から性別条項が削除される一九九八年の日本聖公会総会をともに傍聴し、聖職試験をともに受験し、二五年前の一月六日顕現日にともに竹田眞主教より東京教区で初めての女性としての司祭按手に与りました。その後の牧会生活においても、山野繁子司祭が常に同じ教区にいてくださったことは、わたしにとって大きな支えであり、励ましであり、学びでありました。一人では到底
乗り越えられなかった道程に尊敬する同伴者が与えられていたことは、神様からの大きな贈り物以外何ものでもありませんでした。
 山野先生、ご一緒できて本当に光栄でした。またお会いする日まで精一杯務めます。主に抱かれて安らかに憩われますように。

主教 マリア・グレイス 笹森 田鶴